この絵もこのシリィズ第一弾のときと同じで、
同じ原理で同じよーにひっかかって、
ギタァの棒の方が左なのを鏡の法則でテンパったため、
とりあえず左右反転。。。
バランス悪い。
三味線、って漢字だからさらに。。。
しかも、三味線とベェスの違い殆どない!
……って書いてるとなんか自嘲的だからやめようかな。。
でも、、、
自嘲的にもなりたくなるよ。
なんか勉強してるのに馬鹿になってく気がするんだ。
パソコン病で漢字が書けないとか。
一般常識とか、
自分の興味あることに関する知識が少ないとか。
今からでも遅くないと信じて、
いっぱいいっぱい本読みたい。
本読むだけぢゃなく、いろいろなところに実際に行って、
この目でみたい。
で、自分の好きなことは好きなだけ極めたい。
でも、よくよく考えてみると、
馬鹿になったんぢゃなくって、
段々年齢が上がってきて、求められるものが高くなったんだなあ。
小さいころは、本当に、自分が賢いのがうれしかったの。
今は文型!なsuiだけど、
小学生のころは国語より算数が好きだった。
(どっちも成績は良かったけどね。笑)
まだちゃんとは習っていない、
上の学年で習う「筆算」とか、自由帳にやってたくらい、
自分の年では知らなくても良いことを、
先取りしているってことが、誇らしかったんだ。
小学生のとき父さんに教わった、
中学生の数学の範囲である、
「-」の数の存在とその計算法とか、
はっきりいって小学生のあたしにも簡単すぎる問題だったけど、
それでも、勉強することが楽しかったんだ。
ずっと、夢見てた。
すごい人になってやるって。
特になりたい職業が決まっていないときも、
すごい人になる、とだけはいつだって思ってた。
小学生の途中からは、今の今まで、
ずっと揺らいでもどこかで強く残ってる夢がある。
それが、小説家になること。
小説家になるってことを夢にしてから、
素敵な小説家になることを、
自分の中の大きな価値観として、
いろんなことに挑戦してきた。
すごい挑戦なんて一度もしたことがないけれど、
ただ、
毎日が挑戦で、
毎日が自分を磨く素晴らしい日々以外の何者でもなかった。
いっぱい本を読んでないと良い小説家にはなれないだろうから、
本はいっぱい読もうとか、
本好きなのにあの有名作を読んでないのは恥ずかしいから、
有名作から読もうとか、
理科の授業だって音楽の授業だってなんだって、
基礎知識がなければ良い小説は書けないだろうって思って授業を受けてたから、
どの瞬間も楽しかったな。
それになにより、
どんな瞬間だって、
あたしという人間が存在している以上、
なにかを思ったり感じたりしているわけで、
「こういうときに自分はどう思う」っていうことを知ることも、
表現の幅を広げてくれるという確信があったから、
どんな瞬間も、将来のために役立つ瞬間だと思ってたの。
そういう、
すべてのものを吸収してやる。
無駄に見えるものも、
なんだって、すべて吸収するに越したことはない。
っていう、貪欲なまでの意欲。
そういうの、
今のあたしにはいつの間にかなくなっちゃったかもしれない。
でも、そういう意欲を忘れかけてたあたしにも、
やっぱり意味はあると思う。
生きている限り、いろんなことを感じ続けてきたんだから。
なんかここまで書いててふと、
思い出した曲があるから、書いておこう。
バンプのダイヤモンド。
ひとつずつ ひとつずつ 何かを落っことして ここまで来た
ひとつずつ 拾うタメ 道を引き返すのは 間違いじゃない
まだ遅くないよ。
これから、とりもどそ。
ってなんか、
今日はかたぁい文だぁね。
ネガティブでもポジティブでもない自分を、
定義付けられないことを理由に、
どっかに忘れたりしないために。
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