2011.12.02

大事にしてること覚え書き的なドラフト的な

 大事にすること。
 
 体をあたためる(冷やさない)こと。
 水分をたくさんとること。
 ちゃんと食べること。
 ちゃんと寝ること。

 たった4つの、これだけで、
 だいぶ、健康に暮らせる気がする。




 しょうがを食べたり、
 白湯を飲んだり、
 厚着をしたり、
 お風呂であたためたり。
 体を冷やさない。







 ぼーっとしてると、水分をついつい忘れてしまうから、
 できたら1日に1リットルとか2リットルとかなにか飲むように。
 なかなか実行できないんだけども。









 うんちもちゃんとでるように、水分だけでなくて、
 食物繊維とかもとって。
 美味しいものを、美味しく食べると、心も元気になってくる。
 心が元気でないときは、美味しいものも美味しく食べれない…っていうのもあるけど。









 それから、ちゃんと寝ること。
 ああ、きょうももう1時になっちゃう・・・←







 たったこれだけで、だいぶ、健康に暮らせる気がする。

 逆に、
 たったこれだけのことなのに、
 なかなか実行できなかったり。する。
 現にちゃんと寝てないぢゃない、今。だめだめ。


















 あと、もうひとつ、大事にしたいのは、
 姿勢を良くすること。
 これも、今現在、できてないんだけど。
 ちゃんと背筋を伸ばしていると、
 私は未だに疲れてしまうけど、
 でも、肩こりとかずいぶん減る気がする。

 着物を着たりするようになってから、
 ちょっと前よりは、姿勢よくできるようになった気がする。


 着物を着てるときは、いつもカルタ結びにしていて、
 カルタ結びは腰のところをちょっとがっちりめにホールドしてくれる感じが、
 たまらない。

 それで、ちょっと腰がいい具合に重たくなって、
 背筋をのばしやすい。

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2011.10.25

読書日記「希望の国のエクソダス」

希望の国のエクソダス (文春文庫)希望の国のエクソダス (文春文庫)

著者:村上 龍
販売元:文藝春秋
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 どんな本でも、何かしらの影響を私に与える。
 でもたまに、

 読んでるときから、もしくは、読んだ直後、もしくは、しばらくしてから、

 この本、私の人生を変える

 って思わせる力を持ってる本に出会う。






 この本もそのうちの一つだ。

 村上龍はとにかくすごすぎる。




 中学生、
 世界、
 経済、
 社会、
 人間、
 自分、
 家族、
 世代、
 …

 突拍子もないような話。

 一人の中学生(の年の少年)"なまむぎ”の出現、
 中学生の集団不登校、
 世界経済のうねり、









 昔と今は違う。
 今は、なんでもある。
 昔、想像すらできなかった社会がある。

 なんでもある。
 様々な情報が行き交う。

 だけど、希望だけがない。






 希望だけが、ない。



































 最近の若者は、やる気がないだとか、
 自分が若い頃はもっと必死になって働いたものだとか、
 
 そうやって頑張って勉強して、いい会社に入って、出世しても、
 そこに、希望が見出せない。

 …って書いたら、ちょっと矮小化しすぎかな。









 希望だけがない世界に、希望を見出して行く話。
 希望だけがない世界を、受け入れて行く話。
 希望だけがない世界で、大きく静かで必然的で、
 かつどこか暴力的な、
 見境のない、
 革命が起きて行く話。




























 こんな言葉ぢゃ全然感想にならないな。













 一言一言に重みがあって、考えさせられてしまって、
 なかなか読み進まなかった。

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2011.10.23

わからないからとりあえず整理するためにも吐き出してみたが やっぱりわからなかった。

ただひとつ わたしの 願い求めは
主の家に 住まうこと いのちのかぎり
うるわしき主を 仰ぎ見て
主の宮に住み 主をおもう
うるわしき主を 仰ぎ見て
主の宮に住み 主をおもう




人とは、何者なのでしょう。
あなたがこれを心に留められるとは。
人の子とは、何者なのでしょう。
あなたがこれを顧みられるとは。




















 だめだもう。なにがなんだかわからない。


 私は何の為に生きてるんだろう。
 私の人生ってなんなんだろう。
 私のゴールってなんなんだろう。
 私の目的ってなんなんだろう。





 あー。わからない。わからない。






 分かろうとして無いのかな。
 だからわからないのかな。わからない。わからない。わからないよ。





 本当にしたいこと、
 一個前の記事で書いたけど、
 そのときはそれが本当にしたいことだと思ったけど、
 それすらもなんだかあやふやになってきた。





 あやふや。あいまい。不明。わからない。わからない。わからない。










 だだをこねるみたいに、わからないを繰り返す。わからない。
















 神様が人間を創られた目的。
 創世記。
 「始めに、神が天と地を創造した。」1章1節。
 聖書の、最初の言葉。




 それから光がつくられ、
 海も陸も、
 いきものも、
 みんなみんなつくられ、
 そして最後に人間がつくられた。



 人間の為につくった世界。
 そこを管理させる為につくられた。





「そして神は、『われわれに似るように、われわれのかたちに、人を造ろう。
 そして彼らに、海の魚、空の鳥、家畜、
 地のすべてのもの、地をはうすべてのものを支配させよう。』
 と仰せられた。」1章26節。








 神様に似せて創られた人間。
 この地球で、支配する為に創られた人間。









 それで。それで。それで……





























 あーもう。よくわからない。分かる筈なのに、わからない。
 知ってる筈なのに、知らない.わからない。










 神様の栄光を、あらわすために、
 キリストのかおりを、放つために、
 福音をのべつたえるために、
 神をよろこばせるために、

 日々、自分のすべきことを全うして行く。か。












 むむむむむむむ。








































 わたしはなんか根本から間違ってるんだろうな。
 罪の中にいるからかな。やっぱり。
 私にしみ込んだ罪が、わたしを真実から遠ざけるんだな。










 たとえば勉強して、お金もためて、カフェを開いて。
 小さいながら気に入った店で、
 自慢のコーヒーや紅茶を挿れ、
 毎日バターたっぷり、素朴で美味しいお菓子を焼いて、
 多くはないけれどこの店の味を求めてきて下さるお客様がいて、
 毎日そう新しいことはないけれど、
 庭に植えたハーブの成長と、
 お客さんがいないときにする編み物の進み具合を歓びに、
 日曜日は教会に行き、
 水曜日は祈り会に行き、
 たまに友達が尋ねてきたりしながら、
 日々を過ごして、おばあさんになる。

 例えばの話。例えば。
 
 そういうのって、幸せだって思ってたけど、
 なんとなく自信が持てなくなってきた。









































 そう言う生活に幸せを感じられる人が幸せなのかな。







 なにがしたいのかわからないし、
 したいことが減った気がする。




 それでもしたいことはいっぱいあって、
 でも体力とか気力とか時間とか追いつかなくて、

 かといって、
 体力と気力と時間が比較的あるようなときでも、
 それをする気になかなかならなかったり。
 いや、それは気力があるとはいわないな。気力が足りないのかも。






















 生きがいとか働きがいとか、もうよくわからない。

















 わたしはどうやら今のところ、
 今働いているところだか 働いていることだか に
 不満がある。










 それがわたしのわがままなのか当然のことなのか知りたい。









 夢がある。希望がある。だけどそれにも自信がない確信がない。










































 自分のしたいこと、
 自分の生きがい、
 それを手に入れる心持ち、





 やっぱり、そもそも、わたしは何のために生きてるか。
 これからなにをすべきなのか。
 なんになるのか。
 なににもならないのか。
 ただ、日々の生活を充実させ、生活すべてを礼拝にしていけるのか。それが求められてるのか。






 あー。もう。ほんとに、支離滅裂。
 わかんない。わかんないよ。わかんないよー。
 たすけてーーーーー
















































 未来のきっと落ち着いた頃の自分への、覚え書き。
 もしくは、相変わらず落ち着けず、もだえ苦しんでる自分かも知れない。

 こういうときもあったよ。
 なにもかもわからないで亡きながら、でもとりあえず
 キーをうつ気力だけあって、
 どうにか助けを求めてる。
 そういうときが、あったよ。





 なんのためだか、
 どういう目的だか、分からないけれど、
 ただ、消えちゃう前に残しときたい。
 この激情。少しでも。名残でも。
 辛いよって、残しておきたい。

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2011.09.25

ちゃんと生きてからにしよう

ほんとうにやりたいことを、しよう。








 ちゃんと食べ、ちゃんと寝て、ちゃんと起きる。

 聖書を読み、祈り、みこころを求める。


 友達の誕生日を祝い、
 誰かのためにお菓子を焼き、
 こころを込めて手紙を書く。



 町に出掛け、綺麗なものにこころを預け、
 山に入れば、さらに極めた美しさに感嘆する。




 人間を愛して、よく笑う。



 小さな幸せに、目を留める。



 たまになにか手仕事をしたり、
 何にもしない日も、ちゃんと用意して。



 美味しいものを食べるために、
 お腹をすかせる喜びを忘れない。



 季節の移ろいを感じて、
 食べること、装うことに、まっとうに。




 ちゃんと、生きる。
 生を、歓ぶ。







 今を、ちゃんと、生きる。





 だれかの心ない言葉にめげず、
 余計に大変ぶる人に、呑まれない。


 ちゃんとしていくこと。ちゃんと。







 好きな人ができたら、
 その人にたくさん、大好きって言おう。
 なんどでも、新鮮に、会いに行こう。











 ちゃんと、生きよう。
 ほんとうに、生きたい生き方で生きよう。





 たったそれだけのこと、
 だけど、なんでだか、難しい。
 難しいよう。

 ちょっとずつでも、
 ととのえられて、行きましょう。
 ととのえて、ください。神さま。

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2011.08.28

きのうがあってきょうがあって、その日その日にやることがあって、でも、それがなんなのかなんてそのときも終わった後もわかんねえよってはなし。

 昨日はオクトーバーフェストに行きました。

 その前に、私のなかで、とても大事な、郵便物を、郵便局に出しに行きました。

 どきどき。

 オクトーバーフェスとでは、
 美味しいビールを2杯、飲みました。
 そして、まるで酔っぱらいのように陽気に、
 歌を歌い、知らない人と肩を組み、
 飛び跳ねました。






 そのあと、
 わたしにとってとくべつな人たちのうちの4人の方々とお会いしました。
 今年の2−3月にインターンシップをさせていただいた会社の方々です。
 元インターン生の私を、会社のみなさんでご飯を食べるのに、
 呼んで下さいました。














 今日は教会に行き、
 そのあと教習所にいったのですが、
 わたし、ものすごく馬鹿で、
 今日はなんと、わたしの教習の予定は無い日だったんです。


 毎日働いて、毎週教習所に通う日々にうんざりしていたので、
 頑張ってなんとかめげずに教習所までいったのに、
 それがしなくてもよいがんばりだった事を知って、
 非常にショックを受けました。










 そのあと、
 どうにか気を持ち直して、
 今までいった事のない町に、出掛けました。
 都会というほどではないけれど、
 私の地元の駅、会社の駅、その間の乗換の駅という
 普段いくところよりは、いろいろなお店があるところで、
 ちょっと面白かった。

 帰る事も面倒くさくなってしまって、
 ずっとずっとぶらぶらぶらぶらして、
 究極に時間を無駄にし、
 体力を無駄にしてきました。


 そして、無駄じゃないよっていう言い訳のように、
 いくつかのものを買いました。




 でも、前から欲しいと思っていたものだったりと、
 必ずしも悪い買い物でなく、
 むしろ、体が疲れた事をのぞけば、良かったような気もします。





 そう。
 一人で、なんにもかんがえずに、
 ぶらぶらすることも、
 最近めっきり減りました。
 だから、こういう、「むだ」を「むだ」として
 やっておいてあげるっていう日も、
 実は「むだ」では無いのかもしれません。




















 ところでさっき久しぶりに、
 このブログのブログパーツについている、
 国旗クイズをやりました。ちょっとだけだけど。
 国旗マニアと自称していた頃から大分落ちてしまい、
 全然分からなくなってきてしまっています。
 悔しい。

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