ただひとつ わたしの 願い求めは
主の家に 住まうこと いのちのかぎり
うるわしき主を 仰ぎ見て
主の宮に住み 主をおもう
うるわしき主を 仰ぎ見て
主の宮に住み 主をおもう
人とは、何者なのでしょう。
あなたがこれを心に留められるとは。
人の子とは、何者なのでしょう。
あなたがこれを顧みられるとは。
だめだもう。なにがなんだかわからない。
私は何の為に生きてるんだろう。
私の人生ってなんなんだろう。
私のゴールってなんなんだろう。
私の目的ってなんなんだろう。
あー。わからない。わからない。
分かろうとして無いのかな。
だからわからないのかな。わからない。わからない。わからないよ。
本当にしたいこと、
一個前の記事で書いたけど、
そのときはそれが本当にしたいことだと思ったけど、
それすらもなんだかあやふやになってきた。
あやふや。あいまい。不明。わからない。わからない。わからない。
だだをこねるみたいに、わからないを繰り返す。わからない。
神様が人間を創られた目的。
創世記。
「始めに、神が天と地を創造した。」1章1節。
聖書の、最初の言葉。
それから光がつくられ、
海も陸も、
いきものも、
みんなみんなつくられ、
そして最後に人間がつくられた。
人間の為につくった世界。
そこを管理させる為につくられた。
「そして神は、『われわれに似るように、われわれのかたちに、人を造ろう。
そして彼らに、海の魚、空の鳥、家畜、
地のすべてのもの、地をはうすべてのものを支配させよう。』
と仰せられた。」1章26節。
神様に似せて創られた人間。
この地球で、支配する為に創られた人間。
それで。それで。それで……
あーもう。よくわからない。分かる筈なのに、わからない。
知ってる筈なのに、知らない.わからない。
神様の栄光を、あらわすために、
キリストのかおりを、放つために、
福音をのべつたえるために、
神をよろこばせるために、
日々、自分のすべきことを全うして行く。か。
むむむむむむむ。
わたしはなんか根本から間違ってるんだろうな。
罪の中にいるからかな。やっぱり。
私にしみ込んだ罪が、わたしを真実から遠ざけるんだな。
たとえば勉強して、お金もためて、カフェを開いて。
小さいながら気に入った店で、
自慢のコーヒーや紅茶を挿れ、
毎日バターたっぷり、素朴で美味しいお菓子を焼いて、
多くはないけれどこの店の味を求めてきて下さるお客様がいて、
毎日そう新しいことはないけれど、
庭に植えたハーブの成長と、
お客さんがいないときにする編み物の進み具合を歓びに、
日曜日は教会に行き、
水曜日は祈り会に行き、
たまに友達が尋ねてきたりしながら、
日々を過ごして、おばあさんになる。
例えばの話。例えば。
そういうのって、幸せだって思ってたけど、
なんとなく自信が持てなくなってきた。
そう言う生活に幸せを感じられる人が幸せなのかな。
なにがしたいのかわからないし、
したいことが減った気がする。
それでもしたいことはいっぱいあって、
でも体力とか気力とか時間とか追いつかなくて、
かといって、
体力と気力と時間が比較的あるようなときでも、
それをする気になかなかならなかったり。
いや、それは気力があるとはいわないな。気力が足りないのかも。
生きがいとか働きがいとか、もうよくわからない。
わたしはどうやら今のところ、
今働いているところだか 働いていることだか に
不満がある。
それがわたしのわがままなのか当然のことなのか知りたい。
夢がある。希望がある。だけどそれにも自信がない確信がない。
自分のしたいこと、
自分の生きがい、
それを手に入れる心持ち、
やっぱり、そもそも、わたしは何のために生きてるか。
これからなにをすべきなのか。
なんになるのか。
なににもならないのか。
ただ、日々の生活を充実させ、生活すべてを礼拝にしていけるのか。それが求められてるのか。
あー。もう。ほんとに、支離滅裂。
わかんない。わかんないよ。わかんないよー。
たすけてーーーーー
未来のきっと落ち着いた頃の自分への、覚え書き。
もしくは、相変わらず落ち着けず、もだえ苦しんでる自分かも知れない。
こういうときもあったよ。
なにもかもわからないで亡きながら、でもとりあえず
キーをうつ気力だけあって、
どうにか助けを求めてる。
そういうときが、あったよ。
なんのためだか、
どういう目的だか、分からないけれど、
ただ、消えちゃう前に残しときたい。
この激情。少しでも。名残でも。
辛いよって、残しておきたい。
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