よしもとばなな『王国 その1、その2』
良い本にであっているわ。
よしもとばなな。
ほんとに、あなどれません。
着実にわたしの中を、検める。
あと少しで、働き始めて1年のわたしの、
心に寄り添って一緒に痛みを認め、
ゆっくりと鎮めていく力があるわ。
その3もそのうち読みます。
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良い本にであっているわ。
よしもとばなな。
ほんとに、あなどれません。
着実にわたしの中を、検める。
あと少しで、働き始めて1年のわたしの、
心に寄り添って一緒に痛みを認め、
ゆっくりと鎮めていく力があるわ。
その3もそのうち読みます。
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毎度、ご無沙汰してます。
最近は、いろいろ根本的なこと、
自分が持っている常識について、
ぐちゃぐちゃ、ずるずる、考えています。
常識ってなんなのでしょうね。
真実ってなんなのでしょうね。
なかなかわかりません。
私にとって、よいこととはなんなのでしょう。
わたしの、するべきことってなんなのでしょう。
誰かにとって、幸せってなんなんでしょう。
幸せに、なるべきなのでしょうか。
不幸せでいるより、
幸せでいる方がいいに決まってます。
でも、なんで、そう決まってるんでしょう?
人の幸せ感は、どこからくるのでしょう?
「幸せは、自分が幸せであると認識できること」
という命題を考えてみました。どうかな?
まだ、ちょっと深さが足りない言葉かな。
幸せを追求していいのか?
幸せとはなんなのか?
わからない状態ですが、
とりあえず惰性?で、
幸せを追求しています。
たぶん、幸せになっていいんだと思うし、
楽しんでいいんだと思う。
自分が幸せになれそうなこととか、
面白そうって思うこと、
したらいいと思うことを、してみればいいんだと思う。
でも、なんとなくぢゃなくて、
ちゃんと知りたい。そういう、曖昧なこと。
禁欲的になりたいわけじゃなくて、
禁欲しない理由をはっきりさせたい。
そうぢゃないと、
曖昧な状態のまま、なんとなく苦しんで、なんとなく人を傷つけて、
そうやって生きて行くのが、つらい。悲しい。
自分めんどくさ!
って思うし、
悩みすぎてよくないたり落ち込んだりするけど、
とりあえずももクロちゃんのライブに行くことを決めたりとか、
やりたいことをやってる。
仕事はいろいろ嫌なことがあるけど、
辞めたくなるし、しんどいときも多いし、休みも少ないけど、
どーにかつづけてて、仕事以外の時間にはのんびりしたり、趣味したり、してる。
矛盾的生き方!
あと、こんなに悩んでるはずなのに、
なんだかんだ今日は一つ小さな夢を実現させた。
着物で車に乗ってお出かけした。
うれしい。
聞香と言うものを初めて体験し、
塗香という物を購入した。
塗香は、仏前に行くときに体を清める香りらしいから、ちょっとためらったけど、
ずっと探してた、お香の香りのする香水(の代わりにみにまとうもの)なので、
まあ、いいか!と思って買ったよ(笑)
これからどうなって行くのかわからないし、
やりたいことはたくさんあるのに、なにをしていいのかわからなくて、
やりたくない仕事をしなくてはいけなくて、
そのために選択したくないライフスタイルをしいられて、
わたしの貴重な時間と体力と気力が奪われて行くのが悲しくて、
やりたいことをするんだったらどうせなら、
仕事から変えたい!
と思うんだけど、
仕事をそう簡単にやめていいとは思ってなくて、
じゃあそもそも、自分のやりたいことをやることってなんなんだろう…って、無限ルーーープ。
とりあえずとりあえずとりあえず、
わたしはわたしに与えられてる時間や体力と気力やお金や能力や友達や家族とか、
どうしていいのかぜんぜんわからなくて、
それらがわかるようになるための基準的なものすら持ってなくて、
そういうのって聖書しかないよな…って、思ってる。
で、聖書を読むことを大事にしなきゃって、
今更ながら改めて、思う。
ほんとは、
こうやってブログを書くこと、何かを考えてそれを言葉にして残しておくってことすらも、
前は絶対いいことだって確信のようなものがあったのに、
最近はその必要を断言できないの。
無駄かもしれないし、
するべきでないかもしれない。 わからない。
本当に無駄だとかは、思ってないし、多分そうじゃないだろうとは思うんだけど、
そうじゃないって確信がないことが、許し難くなってきてる。
なのにこうやって、言葉で、文字で残していくと、
なんとなくわかることがあるような気がして、
いま、ひさしぶりに、書いている。
なんなんだろう。
つきつめていたい。
こたえが、知りたい。
…こんな時間だ。
聖書をよんで、寝よう。
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大事にすること。
体をあたためる(冷やさない)こと。
水分をたくさんとること。
ちゃんと食べること。
ちゃんと寝ること。
たった4つの、これだけで、
だいぶ、健康に暮らせる気がする。
しょうがを食べたり、
白湯を飲んだり、
厚着をしたり、
お風呂であたためたり。
体を冷やさない。
ぼーっとしてると、水分をついつい忘れてしまうから、
できたら1日に1リットルとか2リットルとかなにか飲むように。
なかなか実行できないんだけども。
うんちもちゃんとでるように、水分だけでなくて、
食物繊維とかもとって。
美味しいものを、美味しく食べると、心も元気になってくる。
心が元気でないときは、美味しいものも美味しく食べれない…っていうのもあるけど。
それから、ちゃんと寝ること。
ああ、きょうももう1時になっちゃう・・・←
たったこれだけで、だいぶ、健康に暮らせる気がする。
逆に、
たったこれだけのことなのに、
なかなか実行できなかったり。する。
現にちゃんと寝てないぢゃない、今。だめだめ。
あと、もうひとつ、大事にしたいのは、
姿勢を良くすること。
これも、今現在、できてないんだけど。
ちゃんと背筋を伸ばしていると、
私は未だに疲れてしまうけど、
でも、肩こりとかずいぶん減る気がする。
着物を着たりするようになってから、
ちょっと前よりは、姿勢よくできるようになった気がする。
着物を着てるときは、いつもカルタ結びにしていて、
カルタ結びは腰のところをちょっとがっちりめにホールドしてくれる感じが、
たまらない。
それで、ちょっと腰がいい具合に重たくなって、
背筋をのばしやすい。
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![]() | 希望の国のエクソダス (文春文庫)
著者:村上 龍 |
どんな本でも、何かしらの影響を私に与える。
でもたまに、
読んでるときから、もしくは、読んだ直後、もしくは、しばらくしてから、
この本、私の人生を変える
って思わせる力を持ってる本に出会う。
この本もそのうちの一つだ。
村上龍はとにかくすごすぎる。
中学生、
世界、
経済、
社会、
人間、
自分、
家族、
世代、
…
突拍子もないような話。
一人の中学生(の年の少年)"なまむぎ”の出現、
中学生の集団不登校、
世界経済のうねり、
昔と今は違う。
今は、なんでもある。
昔、想像すらできなかった社会がある。
なんでもある。
様々な情報が行き交う。
だけど、希望だけがない。
希望だけが、ない。
最近の若者は、やる気がないだとか、
自分が若い頃はもっと必死になって働いたものだとか、
そうやって頑張って勉強して、いい会社に入って、出世しても、
そこに、希望が見出せない。
…って書いたら、ちょっと矮小化しすぎかな。
希望だけがない世界に、希望を見出して行く話。
希望だけがない世界を、受け入れて行く話。
希望だけがない世界で、大きく静かで必然的で、
かつどこか暴力的な、
見境のない、
革命が起きて行く話。
こんな言葉ぢゃ全然感想にならないな。
一言一言に重みがあって、考えさせられてしまって、
なかなか読み進まなかった。
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ただひとつ わたしの 願い求めは
主の家に 住まうこと いのちのかぎり
うるわしき主を 仰ぎ見て
主の宮に住み 主をおもう
うるわしき主を 仰ぎ見て
主の宮に住み 主をおもう
人とは、何者なのでしょう。
あなたがこれを心に留められるとは。
人の子とは、何者なのでしょう。
あなたがこれを顧みられるとは。
だめだもう。なにがなんだかわからない。
私は何の為に生きてるんだろう。
私の人生ってなんなんだろう。
私のゴールってなんなんだろう。
私の目的ってなんなんだろう。
あー。わからない。わからない。
分かろうとして無いのかな。
だからわからないのかな。わからない。わからない。わからないよ。
本当にしたいこと、
一個前の記事で書いたけど、
そのときはそれが本当にしたいことだと思ったけど、
それすらもなんだかあやふやになってきた。
あやふや。あいまい。不明。わからない。わからない。わからない。
だだをこねるみたいに、わからないを繰り返す。わからない。
神様が人間を創られた目的。
創世記。
「始めに、神が天と地を創造した。」1章1節。
聖書の、最初の言葉。
それから光がつくられ、
海も陸も、
いきものも、
みんなみんなつくられ、
そして最後に人間がつくられた。
人間の為につくった世界。
そこを管理させる為につくられた。
「そして神は、『われわれに似るように、われわれのかたちに、人を造ろう。
そして彼らに、海の魚、空の鳥、家畜、
地のすべてのもの、地をはうすべてのものを支配させよう。』
と仰せられた。」1章26節。
神様に似せて創られた人間。
この地球で、支配する為に創られた人間。
それで。それで。それで……
あーもう。よくわからない。分かる筈なのに、わからない。
知ってる筈なのに、知らない.わからない。
神様の栄光を、あらわすために、
キリストのかおりを、放つために、
福音をのべつたえるために、
神をよろこばせるために、
日々、自分のすべきことを全うして行く。か。
むむむむむむむ。
わたしはなんか根本から間違ってるんだろうな。
罪の中にいるからかな。やっぱり。
私にしみ込んだ罪が、わたしを真実から遠ざけるんだな。
たとえば勉強して、お金もためて、カフェを開いて。
小さいながら気に入った店で、
自慢のコーヒーや紅茶を挿れ、
毎日バターたっぷり、素朴で美味しいお菓子を焼いて、
多くはないけれどこの店の味を求めてきて下さるお客様がいて、
毎日そう新しいことはないけれど、
庭に植えたハーブの成長と、
お客さんがいないときにする編み物の進み具合を歓びに、
日曜日は教会に行き、
水曜日は祈り会に行き、
たまに友達が尋ねてきたりしながら、
日々を過ごして、おばあさんになる。
例えばの話。例えば。
そういうのって、幸せだって思ってたけど、
なんとなく自信が持てなくなってきた。
そう言う生活に幸せを感じられる人が幸せなのかな。
なにがしたいのかわからないし、
したいことが減った気がする。
それでもしたいことはいっぱいあって、
でも体力とか気力とか時間とか追いつかなくて、
かといって、
体力と気力と時間が比較的あるようなときでも、
それをする気になかなかならなかったり。
いや、それは気力があるとはいわないな。気力が足りないのかも。
生きがいとか働きがいとか、もうよくわからない。
わたしはどうやら今のところ、
今働いているところだか 働いていることだか に
不満がある。
それがわたしのわがままなのか当然のことなのか知りたい。
夢がある。希望がある。だけどそれにも自信がない確信がない。
自分のしたいこと、
自分の生きがい、
それを手に入れる心持ち、
やっぱり、そもそも、わたしは何のために生きてるか。
これからなにをすべきなのか。
なんになるのか。
なににもならないのか。
ただ、日々の生活を充実させ、生活すべてを礼拝にしていけるのか。それが求められてるのか。
あー。もう。ほんとに、支離滅裂。
わかんない。わかんないよ。わかんないよー。
たすけてーーーーー
未来のきっと落ち着いた頃の自分への、覚え書き。
もしくは、相変わらず落ち着けず、もだえ苦しんでる自分かも知れない。
こういうときもあったよ。
なにもかもわからないで亡きながら、でもとりあえず
キーをうつ気力だけあって、
どうにか助けを求めてる。
そういうときが、あったよ。
なんのためだか、
どういう目的だか、分からないけれど、
ただ、消えちゃう前に残しときたい。
この激情。少しでも。名残でも。
辛いよって、残しておきたい。
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